校  訓
『人らしき人』(協和発進)
 第二回入学式の日、上原 虎雄校長は500余名の新入生を前に次のような話をいたしました。
 米国のある学校の入学式でのこと、多くの新入生を前にして、先生が「君たちはどんな人になりたいか」と問うた。 ある子は大臣に、ある子は大実業家にとそれぞれ子供らしい夢を描いてこたえたのであるが、 その中に一人「僕は小さい時から、母親にえらい人にならなくてもよいから、 人らしい人になりなさいと教えられてきました。それで人らしい人になりたい。」と答えたのですと話した。 この少年こそ、後日成人し、1880年代に合衆国大統領に選ばれ数々の仕事を成したガーフィールド ( James A. Garfield )であった。
  「人らしき人」のこの話が、生徒同士や、職員間の話題ともなり、坂中新聞やクラス新聞の記事にもみられるようなりました。 上原校長は「人らしき人」にちなんだお話を折にふれて話し、生徒の指導にあたりました。 当時の教頭鈴木 正利氏は、職員にはかって現在の校訓にまとめあげていったのです。 1949年(昭和24年)の事です。
 なお、2007年度、桜台中学校と統合されるにあたり、「協和発進」という言葉が加わりました。
校  章
 昭和23年(創立一周年記念日)に正式に制定されました。 当時在職中の教諭 江原 義一氏の創案によるものです。
胸  章
 昭和23年(創立一周年記念日)に校章とともに正式に制定されました。 当時の美術科教諭 秋元 秀雄氏の創案によるものです。
 坂中生が勉強に励むことを祈って、蛍と雪の結晶を図案化しています。 胸章制定当時は、職員用の銀製と、生徒用の七宝焼のものとがあり、 生徒用のものは代々愛用し続けられ現在に至っています。
                     校  歌   音符をクリックすると曲が聴けます   
 丘に立つ我が学び舎
 春ごとに花咲き匂い
 秋の空いや高く澄む
 新しき時代を負いて
 こヽに集う少年少女
 人らしき人となりゆく
 あヽ我らの坂本中学校
 日毎ます理知の輝き
 訓もて自らはげむ
 ゆたかなる心はぐくみ
 たくましき身を鍛えつヽ
 こヽに集う少年少女
 人らしき人となりゆく
 あヽ我らの坂本中学校
 白雪に蛍の光
 わが胸のしるしかヽげて
 愛校の心もかたく
 師の君のみめぐみのもと
 こヽに集う少年少女
 人らしき人となりゆく
 あヽ我らの坂本中学校
 創立三周年(昭和25年)を期して校歌制定の機運が盛り上がりました。 作曲は飯田信夫氏に依頼しました。昭和24年秋に、PTA会員、教職員から校歌の歌詞を募集し、 審査委員会で花水房子氏の歌詞が選定されました。
 初めて校歌をもつことができた当時の坂中生は 、昭和25年7月6日の校歌発表会を大きな感動をもって迎えました。