| 1973年(昭和48年) |
粟田小学校開校。
久里浜に近いハイランドや粟田に新しい団地が次々にできました。それにともなって子どもの数が急激に増えて、粟田小学校が開校しました。 |
開校した頃のエピソード
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開校直後子どもの数がどんどん増えて、わずか3ヶ月で教室が足りなくなりプレハブ校舎が建てられました。 |
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毎日のように転入生がきて、給食のパンの注文が間に合わず、近くの店に買いに行ったこともありました。
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調理実習はガスコンロもなく、パタパタと炭をおこしてごはんをたきました。 |
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| 1974年(昭和49年) |
校章、校歌ができる。
校歌の出だしに「見上げる鉄塔〜・・・」とありますが、そのくらい鉄塔の多いところです。
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| 1975年(昭和50年) |
第2校舎がたつ。
子どもの数が開校の時の2倍になりました。
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| 1976年(昭和51年) |
校舎増築のため秋の運動会中止。
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| 1977年(昭和52年) |
管理棟と体育館が完成。
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| 1978年(昭和53年) |
NHKテレビが取材に来る。
子どもの数が2,190人にもなり、神奈川一のマンモス校といわれました。

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| 1979年(昭和54年) |
神明小開校、粟田小学校から683名の子どもがうつりました。
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| 1981年(昭和56年) |
プール完成。
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| 1985年(昭和60年) |
第1回目の粟田っこ祭りが行われました。
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| 1988年(昭和63年) |
またNHKテレビが取材に来る。
今回は子どもの数が減って空き教室が増えたのを取材にきました。
「丸太の森」でのキャンプが始まりました。
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| 1989年(平成元年) |
学校隣接地(ハイランド側のがけち)に家が建ちはじめ、PTAで委員会をつくり反対しました。

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| 1992年(平成4年) |
ザイール共和国のチロンボ・ンゴイ氏を招き、全校の子どもたちが「アフリカ」のことを学びました。
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| 1993年(平成5年) |
創立20周年を迎える。
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| 1997年(平成9年) |
デイ・サービス・センターできる。
空き教室を利用して、老人福祉施設ができました。
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| 1999年(平成11年) |
新1年生1クラスに20年ぐらい前は1学年10クラス近くありましたが、子どもの数がどんどんへって今年の1年生はとうとう1クラスになりました。
子どもの数も一番多いときは2,198人もいましたが、今は358人になりました。
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